雲通村(読み)うづいむら

日本歴史地名大系 「雲通村」の解説

雲通村
うづいむら

[現在地名]吉舎町雲通

丸田(まるだ)村の東南、三谿(みたに)郡の東南端に位置する山村で、南は世羅郡と境を接する。馬洗(ばせん)川の支流戸張(とばり)川流域に耕地と民家があるほか、水呑(みのみ)山(五五七メートル)の麓の水呑谷や葛籠(つづら)谷に飛郷がある。

元和五年(一六一九)の備後国知行帳に「薄井村」として一八七・一九石を記す。明暦二年(一六五六)備後国三谷郡雲通村御地詰帳(真野家文書)には二二一石余とあり、内訳は田が一五八石余(畝一五町余)、切畑を含む畑が五九石余(畝一七町余)、屋敷三石余(畝二反余)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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