霜畑村(読み)しもはたむら

日本歴史地名大系 「霜畑村」の解説

霜畑村
しもはたむら

[現在地名]山形村霜畑

遠別(とおべつ)川流域を占め、ほとんどが山地で沖積地は狭い。北は川井(かわい)村、東は小国(おぐに)村。古くは小国村とともに南山形村を構成していたが、江戸時代末期に至り独立村となった。元禄一〇年(一六九七)の郷村御内所高帳には南山形通村三ヵ村の一として関霜畑(せきしもはた)とみえ、高六二石余で畑方のみ。天保八年(一八三七)の仮名付帳では、南山形村の枝村として霜畑村と関村の二村で記載されている。旧高旧領取調帳では霜畑村で高付され、高九八石余。関村分は当村に含まれたものとみられる。

八戸藩領の南辺にあり、南は閉伊(へい)郡安家(あつか)村(現下閉伊郡岩泉町)と接するが、峰続きで道は通じていない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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