霜野城跡(読み)しものじようあと

日本歴史地名大系 「霜野城跡」の解説

霜野城跡
しものじようあと

[現在地名]鹿央町霜野

国見くにみ山の東麓末端部(標高約二六〇メートル)に位置し、権現岳ごんげんだけ城ともいう。内空閑氏の居城跡と伝える。「城峠」の地名を残す。山頂部には三日月形の平坦地が設けられ、周囲は急傾斜をなす。北西側に六〇メートル下った鞍部には深さ四メートル・底幅三メートルの二重の堀切が一〇メートル間隔で走っている。城跡の東山麓には、たちと称される標高一二八メートルの丘陵地がある。内空閑氏の館が存在したところと推定される。丘陵地は北東方向に緩やかに傾斜し、南西側寄りに長径三五メートル・短径二二メートルの長方形状の平坦地と、東側に数メートル下った所にも長径一〇〇メートル・短径八〇メートルの舌状形の平坦地がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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