ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「順義王」の意味・わかりやすい解説
順義王
じゅんぎおう
Shun-yi-wang; Shun-i-wang
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…これを庚戌(こうじゆつ)の変という。その後約20年間にわたって明へ侵入し,大きな被害を与えたが,70年(隆慶4),その孫の把漢那吉が明に下ると,明と和約を結び,順義王の称号を得た。78年(万暦6),アルタンは青海地方で,チベット黄帽派(ゲルー派)ラマ教の管主ソーナム・ギャツォ(1543‐88)と会見し,これにダライ・ラマの称号を贈るとともに,黄帽派の保護を約束した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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