須沢城跡(読み)すさわじようあと

日本歴史地名大系 「須沢城跡」の解説

須沢城跡
すさわじようあと

[現在地名]白根町大嵐

御勅使みだい川左岸の山の中腹平坦部にある南北朝時代の山城。観応二年(一三五一)一月に高師冬が上杉能憲らに攻められ立籠った城として知られる。同年三月日の市河経助軍忠状(市河文書)に「須沢城」とみえ、観応の擾乱に際し足利尊氏派の鎌倉府執事高播磨守師冬は足利直義派の上杉能憲に敗れ、逸見孫六入道らとともに当城に立籠った。これを知った市河氏一族は一月一六日当城に押寄せ大手などで戦い、翌一七日攻め落した。このとき師冬は討取られた(同年二月一九日「足利直義御教書写」阿蘇家文書)。「太平記」巻二九では「甲斐国ヘ落テ、洲沢城被籠候処ニ、諏方下宮祝部六千余騎ニテ打寄、三日三夜ノ手負討死其数ヲ不知。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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