須美天神社(読み)すみてんじんしや

日本歴史地名大系 「須美天神社」の解説

須美天神社
すみてんじんしや

[現在地名]幸田町須美 赤塚

祭神は建速須佐之男命・建蘇美命の二柱。境内社として秋葉社・稲荷社・若宮八幡社があった。旧郷社。「蘇美天神」とも記す。社伝では日本武尊東征の時、建蘇美命が東征後に蘇美山に居を定めて土地開発をし、没後に一社を建立したのが蘇美天神社の始めとする(豊坂村誌)。長和三年(一〇一四)に曾田美作守が勅旨を奉じて再建と伝え、久安元年(一一四五)伊勢神宮外宮の蘇美御厨編入後は御厨蘇美天神社と称したという(同書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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