須賀口村(読み)すかぐちむら

日本歴史地名大系 「須賀口村」の解説

須賀口村
すかぐちむら

[現在地名]新川町ぐち

西堀江にしほりえ村の東にあり、北を清洲きよす鍋屋なべや(現清洲町)と接する。「寛文覚書」に「須ケ口村百姓居屋敷ハ清須高之内ニテ候故、須ケ口村百姓ハ無シ」とある。「徇行記」によれば、田は一四町六反一畝余、畑は三四町四反七畝余で、概高は六九〇石余。村は美濃路沿いにあり、農商を兼ねる者も多い。支村に片町があり、田面西堀江村土器野かわらけの新田村下河原しもかわら村、下小田井しもおたい(現西枇杷島町)の飛地があった。この村の民家と畑も土器野新田村などにあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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