飽ノ浦村(読み)あくのうらむら

日本歴史地名大系 「飽ノ浦村」の解説

飽ノ浦村
あくのうらむら

[現在地名]長崎市飽の浦町・秋月町あきづきまち入船町いりふねまち塩浜町しおはままち

わき村の南、長崎浦の西岸にあたる。近世初頭に南方貿易で活躍した荒木宗太郎(一清、通称は惣右衛門)の別邸が当地に置かれたという。その妻王加久戸売は交趾国(ベトナム)の豪族阮氏の娘で、長崎ではアニオー様と称された。江戸時代は幕府領長崎代官支配で、正保国絵図に「長崎領アクノ浦立神」(大村見聞集)、元禄国絵図に「悪ノ浦」と記される。元禄一四年(一七〇一)七月一四番南京船で抜荷が露見、清三郎ら二人は磔、平次郎ら四人は町中引回しのうえ「あくの浦丸島」で斬罪に処された(唐通事会所日録)。明和三年(一七六六)浦上村淵懸り飽の浦」の八太夫が浚いの折に出島でじま沖でメダイ(キリシタン遺物)を掘出したという(旧長崎奉行所宗門蔵保管資料)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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