飽間光泰(読み)あくま みつやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「飽間光泰」の解説

飽間光泰 あくま-みつやす

?-? 南北朝時代武士
播磨(はりま)(兵庫県)坂越(さこしの)荘の地頭。元弘(げんこう)の乱では赤松則村・則祐(のりすけ)親子のもとで幕府軍とたたかった。文和(ぶんな)元=正平(しょうへい)7年(1352)から十数年間,矢野荘の公文職(くもんしき)などをめぐり東寺とあらそった。姓は「あきま」ともよむ。姓は別に斎藤

飽間光泰 あきま-みつやす

あくま-みつやす

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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