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養叟宗頤 ようそう そうい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

養叟宗頤 ようそう-そうい

1376-1458 室町時代の僧。
永和2=天授2年生まれ。臨済(りんざい)宗。近江(おうみ)(滋賀県)禅興庵(あん)の華叟宗曇(かそう-そうどん)の法をつぐ。文安2年京都大徳寺の住持となり,同寺の興隆につくす。のち和泉(いずみ)(大阪府)に陽春庵をひらく。同門の一休宗純(そうじゅん)との対立は有名。長禄(ちょうろく)2年6月27日死去。83歳。京都出身。諡号(しごう)は宗恵大照禅師。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

養叟宗頤

没年:長禄2.6.27(1458.8.6)
生年:永和2/天授2(1376)
室町前期の臨済宗の僧。京都の人。藤原氏の出。初め大応派の拠点東福寺正覚庵,建仁寺天潤庵に依り,次いで近江(滋賀県)禅興庵の華叟宗曇に参じ,印可を得た。華叟示寂後,大徳寺に住し,徹翁派下の主流の地位を固める。五山の枠組みから外れ,在野に立つ林下の寺として独自路線を模索した。和泉(大阪府)堺に陽春庵を開き,広範囲な階層に入室参禅の門戸を開いて,同派隆盛の礎を築いた。また,比丘尼五山との関係を結ぶことにより,足利氏および五山との関係緊密化に努めた。これは,春浦宗煕,実伝宗真らによって引き継がれる。一休宗純 の,禅を世渡りの道具とするという養叟批判は有名。

(飯塚大展)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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