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文清 ぶんせい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

文清
ぶんせい

室町時代の画家。一連の水墨画に押された「文清」印から想定される画人で,経歴が不明で朝鮮人とする説もある。大徳寺養叟宗頤 (ようそうそうい。 1376~1458) と関係があったと推定され,養叟に参禅した画家に宗湛がいたことは,活躍年代の近い点で注目されよう。

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百科事典マイペディアの解説

文清【ぶんせい】

室町中期の画僧。生没年,伝歴,諱(いみな)等は不明。養叟宗頤と親交があり,大徳寺に作品を残しているので大徳寺と関係ある画僧とみられる。周文流から出発し宋元画や朝鮮画を学び,周文没後の漢画新生面を開いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

文清 ぶんせい

?-? 室町時代の画家。
養叟宗頤(ようそう-そうい)の享徳元年(1452)の賛がある「養叟和尚像」(大徳寺),存耕祖黙(そんこう-そもく)賛の「維摩居士(ゆいまこじ)像」(大和文華館)などの作品が現存し,大徳寺にゆかりのある画僧といわれる。

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朝日日本歴史人物事典の解説

文清

生年:生没年不詳
室町中期の画家。「文清」印を押す数点の作品からその存在が知られるが,事跡を示す史料はない。大徳寺養叟宗頤自賛の「養叟宗頤像」(1452,大徳寺蔵),存畊祖黙賛「維摩居士像」(1457,大和文華館蔵)により,15世紀中ごろに活躍した大徳寺にゆかりのある画家と推測される。「維摩居士像」は室町期の道釈画中白眉の作である。ほかに一条兼良瑞渓周鳳賛「山水図」(正木美術館蔵),「山水図」(米・ボストン美術館蔵)などがあり,周文の系統を引きながらも個性的な作風の画家であることがわかる。「文成外史」印の画家との同一人説,あるいは朝鮮から渡来した画家とする説もあるが,可能性は薄い。<参考文献>毎日新聞社編『禅林画賛』

(山下裕二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ぶんせい【文清】

15世紀中ごろに活躍した大徳寺にゆかりのある水墨画家。生没年不詳。作品に朱文方印〈文清〉を捺すのみで,伝歴は不明。代表作に大徳寺養叟宗頤(ようそうそうき)自賛の《養叟像》(1452年賛,大徳寺),存畊祖黙(ぞんこうそもく)賛の《維摩居士像》(1457年賛,大和文華館)がある。人物図のほか山水図にも優れ,一条兼良と瑞渓周鳳(ずいけいしゆうほう)の賛する《山水図》(正木美術館),《山水図》(ボストン美術館)は平遠形式で描かれ,詩情をたたえた独特な画風は,李朝絵画の影響が指摘される。

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