香々地村(読み)かかじむら

日本歴史地名大系 「香々地村」の解説

香々地村
かかじむら

[現在地名]香々地町香々地

現町域の北部を占め、北西方は周防灘に臨む。竹田(たけだ)川の河口部にあたり、国東道が通る。中世は香々地庄としてみえる。小倉藩元和人畜改帳に「かゝち浦手村」とみえ、見目弥左衛門尉手永の御蔵納分として高三三九石余で、家数六一のうち本百姓・小百姓一九、隠居・名子・庭屋・牛屋四一、牢人一、男六八(うち名子二)・女六三、牛一五。正保郷帳では香々地庄香々地村として田高一八八石余・畑高六三石余で、茅山有、日損所と注記され、新田もあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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