朝日日本歴史人物事典 「香川景柄」の解説
香川景柄
生年:延享2.8.29(1745.9.24)
江戸中期の歌人。京都山崎の社家松田対馬の子。通称俊蔵,府生など。黄中と号す。香川景平の養子となり梅月堂四世を継ぐ。徳大寺家家臣として勤務,のち歌道に専念して慈延や小沢蘆庵らと並ぶ京都歌壇の重鎮として遇された。養子に迎えた香川景樹の将来に期待したが,景樹が異風を志すに至って離縁。次に迎えた養子達にも満足できず,景嗣がようやく梅月堂五世として安定した。家集『黄中詠藻』は景嗣の編集である。景樹を離縁したことで伝統墨守の二条派歌人とされ,従来の評価は相対的に低かったが,見直しの必要があろう。<参考文献>兼清正徳『香川景樹』
(久保田啓一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報