馬出村(読み)まいだしむら

日本歴史地名大系 「馬出村」の解説

馬出村
まいだしむら

[現在地名]東区東浜ひがしはま一丁目・馬出一―六丁目、博多区吉塚よしづか二丁目・同四―八丁目・吉塚本町よしづかほんまち東公園ひがしこうえん

那珂なか郡に所属。御笠みかさ川右岸、博多湾沿岸に位置する。南は堅糟かたかす(現博多区)、北は糟屋かすや箱崎はこざき村、東は席田むしろだ下臼井しもうすい(現博多区)箱崎村に向かう唐津街道が通る。古くは「馬屋出町」といった(続風土記附録)。正平九年(一三五四)一二月日付筥崎大宮司秦重仲申状(田村文書/南北朝遺文(九州編)三)に「筥崎馬出」、戦国期の筥崎宮領坪付帳(同文書/筥崎宮史料)には「馬出町分」とみえる。慶長七年(一六〇二)の検地時には堅糟村の内で、のちに分れて別村となる。天保郷帳では同村枝郷とある。元禄五年(一六九二)には高一千五六石余、家数九一・寺三、人数七二一(田圃志)。石高書上帳案の郡帳高も同じ。宝永五年(一七〇八)給知としない村に指定された(「郡役所記録」県史資料四)


馬出村
まいだしむら

[現在地名]北部町四方寄よもき 馬出

坪井つぼい川右岸の台地上にあり、西は上野うえの村、北は長峰ながみね村、南は飛田ひだ村に接する。慶長一三年(一六〇八)検地帳に「飛田之内前出村」とあり、田方一一町一反余・畠方二九町二反八畝余、分米三四八石五斗余で、うち一石二斗一升分が永荒であり、家数三五、男一九・女一六、馬四・牛九とある。寛永一二年(一六三五)の地撫帳では前出村とあり、田方二町八反四畝余・畠方九町二反二畝余、それ以外に野開が一反四畝余あった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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