馬寄新町村(読み)まいそしんまちむら

日本歴史地名大系 「馬寄新町村」の解説

馬寄新町村
まいそしんまちむら

[現在地名]門司区西新町(にししんまち)一―二丁目・東新町(ひがししんまち)一―二丁目・下馬寄(しもまいそう)・柳原町(やなぎはらまち)

馬寄村の北西に位置し、長崎街道が通る。馬寄村より分立。元和八年人畜改帳に「馬寄新町」とみえ、高一六二石余で家数二四、人数五六(うち百姓八・名子三)、牛九・馬一、牛屋・馬屋九。享保飢饉の餓死者を記したという小倉開善寺過去帳に大里(だいり)新町の九五人がみえる。郷村高帳では高二九九石余、うち新田高五石余。幕末の各村覚書では本高二九三石余、田二六町五反余・畠七町七反余、物成一四九石余、竈数五三・人数二八二、牛三〇、疫(えき)神社などがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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