日本歴史地名大系 「駄口村」の解説 駄口村だぐちむら 福井県:敦賀市駄口村[現在地名]敦賀市駄口追分(おいわけ)村の南に位置する西近江路沿いの山間の宿場。一里塚が今も残る。「滋賀県物産誌」は当村の沿革について「此村ヲ開キシ者ハ杉津浦ノ人杉野源右衛門ナリ」と記す。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図に地名がみえるが、「高疋田ヘ入」とある。正保郷帳では一村として高付され、田方四五石・畠方五石余。享保一二年(一七二七)には庄屋助次郎(持高二石余)、牛馬銀一六匁余、新山手銀八二匁余、雉札銀一匁、夫米四石一斗余、馬足一〇疋、外高二石余、家数二四(うち高持七軒・無高一六・寺一)、人数一三四(敦賀郷方覚書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by