日本歴史地名大系 「高丘窯跡群」の解説 高丘窯跡群たかおかようせきぐん 兵庫県:明石市大窪村高丘窯跡群[現在地名]明石市大久保町大窪印南野(いなみの)台地の南東端、標高五〇―八〇メートルの丘陵を刻む戌亥(いぬい)谷を中心に、東西約一・三キロ、南北約一・八キロの範囲に約二〇基が分布する窯跡群。六世紀末から奈良時代、とくに七世紀中頃には最盛期を迎え瓦陶兼業窯として操業された。県指定史跡。昭和四一―四四年(一九六六―六九)に三次の発掘調査と分布調査が実施された。調査されたのは第一―三号・五―七号・一二―一五号・一九・二〇号窯の一二基である。窯の構造はすべて半地下式の登窯で五号・七号窯の二基は有階有段である。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by