高井東遺跡(読み)たかいひがしいせき

日本歴史地名大系 「高井東遺跡」の解説

高井東遺跡
たかいひがしいせき

[現在地名]桶川市下日出谷 高井

高井遺跡・高井北遺跡の東方約二〇〇メートル、同一の半島状台地のつけ根近くにある。関東地方屈指の縄文時代後・晩期の集落跡。昭和四六年(一九七一)発掘調査されて以来平成元年(一九八九)まで合せて四回調査され、竪穴住居跡四〇・焚火跡三・土壙二五〇を検出した。遺跡は台地の中央部から北側にかけての約四万平方メートルに広がると推定され、約三分の一が調査されている。遺跡の中心部は北側にある窪地(比高一・五メートル、径五〇メートル)東西にあって、東側に加曾利B式から安行式土器を出土する各時期の竪穴住居跡が分布し、西側には加曾利B式土器を出土する竪穴住居跡が分布していた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む