高仙城跡(読み)こうぜじようあと

日本歴史地名大系 「高仙城跡」の解説

高仙城跡
こうぜじようあと

[現在地名]菊間町種 東山

たね川の上流、海岸より二・五キロ、標高二四八・三メートルの高仙山の山頂にある。山容は端正で菊間町全域と北条市一帯を一望に収める。山頂は二段に削平され、石塁、堀や井戸の跡を残す典型的山城である。

明応四年(一四九五)遍照へんじよう院へ寺領を寄進している得居通敦は高仙山城主であったといわれている(遍照院文書)。しかし「河野家譜」では高畝こうぜ(高仙)城主は河野教通の子通生で、通生を池原氏の祖としている。以降、代々池原氏が居城している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む