高力氏陣屋跡(読み)こうりきしじんやあと

日本歴史地名大系 「高力氏陣屋跡」の解説

高力氏陣屋跡
こうりきしじんやあと

[現在地名]飯岡町三川 目那

旗本高力氏の役所跡。跡地の正面に石垣と門があり、かつて周囲は堀がめぐっていた。貞享二年(一六八五)高力伊予守は海上うなかみ郡五村(三川・野中・中谷里・仁玉・江ヶ崎各村)匝瑳そうさ郡二村(泉川・東小笹両村)の七村・高三千石の領知を受け、三川さんがわ村に陣屋を置き、少なくとも四人の地方役人を派遣して支配に当たらせた。その実際の支配は陣屋内の御蔵と称する役所が行い、幕末には領内村々から郷足軽を採用して有事に備えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む