高堂城跡(読み)たかとうじようあと

日本歴史地名大系 「高堂城跡」の解説

高堂城跡
たかとうじようあと

[現在地名]国府町瓜巣 井口

瓜巣うりす北方、約二〇〇メートルの山稜にある。中世には名張なばり村にあった広瀬ひろせ(田中城)とともに国侍広瀬氏の居城であった。「飛州志」には鎮守府将軍藤原利仁の後裔広瀬左近将監利治が築き、その子孫広瀬山城守宗域・兵庫守宗直が住んだという。天正一二年(一五八四)京極氏被官三木自綱に攻められ、翌一三年金森長近が三木氏を攻略するに及んで廃城となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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