日本歴史地名大系 「高守山」の解説 高守山たかもりやま 島根県:能義郡伯太町市中屋村高守山井尻の大平(いじりのおおびら)口と東母里の神宮寺(ひがしもりのじんぐうじ)および守合(しゆごう)とにまたがる山で、標高約二七七メートル。戦国期この山に城が築かれており、吉左衛門覚書(石原家文書)に「一ツノ城ハ高守山ト云フ、此城ハ永禄元年戊午年立原備前守幸隆初テ築住セリ、又後ノ世ニ盛重モ此城ニ住セリトゾ」とある。永禄元年(一五五八)は尼子晴久の在世中であり、立原氏は佐々木盛綱の後裔であった。また母里の宮廻家の古記帳に「高守城主立原備前守幸隆、小林太郎兵衛則延一所ニ居住、宇津木又六親久ハ小門口平之城ニ居住」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by