高屋堀村(読み)たかやほりむら

日本歴史地名大系 「高屋堀村」の解説

高屋堀村
たかやほりむら

[現在地名]東広島市高屋(たかや)町高屋堀

入野(にゆうの)川支流萩原(はぎわら)川の中・上流沿いを村域とする。萩原川は村西北山中にある萩原池を源としていくつかの支流を合わせながら、比高三〇メートル前後の丘陵の間を南流。北は五〇〇メートル級の連山がそびえ、東と南は高屋東(たかやひがし)村、西は杵原(きねはら)村に接する。

当地には平賀氏の拠城御薗宇(みそのう)城があり、堀の地名はみえないが、「高屋保御園宇之内守弘名」(天文二三年三月七日付「平賀広相寄進状」平賀家旧記)のようにより狭い地域呼称が用いられることが多かったと思われる。天文二〇年(一五五一)二月七日付山路九郎五郎宛入野貞景宛行状(同旧記)にも「御園宇之内水越名」とあり、当時平賀氏は頭崎(かしらざき)城に移っているとはいえ、かつての本拠地には入野氏のような庶家やその家臣の所領があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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