高師世(読み)こうのもろよ

朝日日本歴史人物事典 「高師世」の解説

高師世

没年観応2/正平6.2.26(1351.3.24)
生年:生年不詳
南北朝時代の武将高師泰の子。師直は叔父。越後将監と称する。室町幕府執事。父師泰と共に各地を転戦貞和4(1348)年ごろ小侍所頭人となる。貞和5年に足利直義と高師直が対立し,直義のために師直が執事を罷免されると,閏6月足利尊氏によってその後釜に任命される。しかし,同年8月,師直がクーデタを起こして直義を撃とうとし,幕府の主導権を握ると,再び師直が執事に返り咲いた。観応の擾乱(1350~52)初期の2カ月間,師直の代理として幕府執事に補任されている。観応1/正平5(1350)年師泰や師直と共に直義派を撃つために中国地方に出陣したが,直義軍に敗れ,和睦したのち,上洛する途中摂津国武庫川辺で上杉能憲によって一族と共に殺害された。師世は能憲の家臣長尾景守に討たれたと伝えられている。

(伊藤喜良)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高師世」の解説

高師世 こうの-もろよ

?-1351 南北朝時代の武将。
高師泰の子。高師直の甥(おい)。足利直義(ただよし)と対立した師直にかわり,貞和(じょうわ)5=正平(しょうへい)4年(1349)室町幕府執事。翌年父や師直とともに直義を討つために出陣したが,観応(かんのう)2=正平6年敗れ,和睦後の同年2月26日一族とともに摂津武庫川で上杉能憲(よしのり)に討たれた。通称は越後将監。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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