高根城跡(読み)たかねじようあと

日本歴史地名大系 「高根城跡」の解説

高根城跡
たかねじようあと

[現在地名]水窪町地頭方 久頭合

山住やまずみ源流を発する水窪河内みさくぼこうち川が水窪川に合流する南、通称三角さんかく(四二〇メートル)の山頂北側に築かれた山城跡。久頭郷くずごう城・葛郷くずごう城ともいい、所伝では南北朝期由機良親王に仕えた奥山金吾正定則が築いたとされるが確証はない(遠江国風土記伝)築城に関与したとされる奥山氏は、永正一〇年(一五一三)六月七日の山住三所大権現社の棟札銘写(山住主税氏所蔵文書)に「地頭方村久頭郷城主 大檀那源朝臣良茂大膳亮奥山氏」とみえている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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