高浜城跡
たかはまじようあと
[現在地名]高浜町事代
高浜の中央部、海に向かって突出する二つの小半島を囲む地域、通称城山にある。現在は公園化されまったく旧態をとどめないが、北・東・西の三方を海に囲まれ、水城の形態を示す。海に向かって左方の山が主郭にあたり、平地には二の丸・三の丸の字名が残る。字三の丸には堀跡があったと伝え、城の規模は小浜城に匹敵するものであったと推測される。高浜記録(常田家文書)に、
<資料は省略されています>
とあり、砕導山城落城後の永禄八年(一五六五)逸見駿河守昌経によって築城され、以降京極氏の時代まで存続したことを伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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