高浜城跡(読み)たかはまじようあと

日本歴史地名大系 「高浜城跡」の解説

高浜城跡
たかはまじようあと

[現在地名]高浜町事代

高浜の中央部、海に向かって突出する二つの小半島を囲む地域、通称城山しろやまにある。現在は公園化されまったく旧態をとどめないが、北・東・西の三方を海に囲まれ、水城の形態を示す。海に向かって左方の山が主郭にあたり、平地には二の丸・三の丸の字名が残る。字三の丸には堀跡があったと伝え、城の規模は小浜城に匹敵するものであったと推測される。高浜記録(常田家文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、砕導山さいちやま城落城後の永禄八年(一五六五)逸見駿河守昌経によって築城され、以降京極氏の時代まで存続したことを伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む