高浜湊(読み)たかはまみなと

日本歴史地名大系 「高浜湊」の解説

高浜湊
たかはまみなと

衣(ころも)ヶ浦(うら)(現衣浦湾)に面した西の入江。藩政期には刈谷藩の外港として栄え、米・酒・瓦などの商品が盛んに積出された。三州五ヵ所湊の一。享和二年(一八〇二)の御城米番船は番外船を合わせて二四艘、その内訳は大浜(おおはま)八・鷲塚(わしづか)(現碧南市)二、平坂(へいさか)(現西尾市)六、高浜八(支配船一件帳)。高浜湊の地位が知れる。刈谷藩領の米は、市原(いちはら)湊(現刈谷市)から高浜湊まで瀬取船によって運ばれ、廻船に積替えられて江戸へ運ばれた。市原から高浜まで瀬取船一艘五〇俵積、運賃七匁七分、一俵につき一六文七分、市原から高浜湊の廻船まで、同じく運賃銭六〇〇文、一俵につき一二文(刈谷町庄屋留帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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