高浜焼窯跡(読み)たかはまやきかまあと

日本歴史地名大系 「高浜焼窯跡」の解説

高浜焼窯跡
たかはまやきかまあと

[現在地名]天草高浜

しも島の西海岸、高浜の中心から高浜川に沿って東へ約五キロの皿山さらやま地区にある。高浜の陶石は天草の陶石のなかでも品質の高いものとして知られる。皿山地区には高浜焼の窯跡が七ヵ所確認されているが、そのうち燃焼室ほか六房からなる七連房の窯跡は県指定史跡。宝暦一二年(一七六二)の奉願御事(上田家文書)に「来ル未年より酉年迄三ケ年内試ニ焼物焼せ申度奉願候」とあり、翌一三年肥前大村藩領長与時津ながよときつ(現長崎県西彼杵郡長与町・時津町)の陶工山路喜右衛門らを招いて、当地の鷹巣たかのす山に一二間の登窯を開いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む