高砂城跡(読み)たかさごじようあと

日本歴史地名大系 「高砂城跡」の解説

高砂城跡
たかさごじようあと

[現在地名]高砂市高砂町東宮町

加古川河口に所在する中世から近世初頭の平城跡。高砂の湊と密接に結び付いた立地である。中世の高砂城主は梶原出雲守で、梶原平三兵衛尉の時に落城したとされる(赤松家播備作城記)。天文七年(一五三八)尼子詮久の播磨侵攻に対し、赤松政村は置塩(おしお)城(現夢前町)を出て「高砂の梶原駿河かまへ」に入った。さらに政村はここから淡路へと逃れている(赤松記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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