高砂貝塚(読み)たかさごかいづか

日本歴史地名大系 「高砂貝塚」の解説

高砂貝塚
たかさごかいづか

[現在地名]虻田郡虻田町字高砂町

入江いりえ貝塚のある台地の北側部分に立地する。標高は入江貝塚よりも低く、一〇メートルほどである。面積は約四万平方メートル。入江・高砂貝塚として国指定史跡。昭和四八年(一九七三)・同四九年に札幌医科大学が古人骨研究を目的に発掘を行い、縄文時代後期の貝塚の上につくられた縄文晩期の墓地を発見し、二三体の人骨が発掘された。すでに道南アイヌの形質的特徴が表れていることが明らかになった点、抜歯のある男性人骨が出土した点など、人類学上重要である。後期初頭の貝塚は、アサリを中心とする三〇センチほどの厚さであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

国指定史跡ガイド 「高砂貝塚」の解説

たかさごかいづか【高砂貝塚】


⇒入江-高砂貝塚(いりえたかさごかいづか)

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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