高薗寺(読み)こうおんじ

日本歴史地名大系 「高薗寺」の解説

高薗寺
こうおんじ

[現在地名]稲美町野寺

野寺のでらの北部、辰巳たつみ池畔にある。野寺山と号し、真言宗大覚寺派。本尊千手千眼観音。白雉年中(六五〇―六五五)に法道が開基したと伝える。文和四年(一三五五)如林が中興した。廃寺となっていた石守いしもり(現加古川市)法雲ほううん寺の堂を移して合併した。法雲寺も法道の開基と伝え、一時はともに観音霊場として栄えたという。康暦二年(一三八〇)赤松義則より蛸草たこくさ庄荒野東西二〇町・南北五町の地を寄進され、三二坊軒を並べるに至ったという。天正六年(一五七八)三木合戦に際して諸堂が焼失した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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