デジタル大辞泉 「赤松義則」の意味・読み・例文・類語 あかまつ‐よしのり【赤松義則】 [1358~1427]南北朝・室町初期の武将。則祐の子。明徳の乱で山名氏追討に戦功をあげ、旧領美作みまさかを回復、播磨・備前と合わせて三国の守護職を兼ねた。また、侍所の所司となって四職ししきの一つとなった。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤松義則」の解説 赤松義則 あかまつ-よしのり 1358-1427 南北朝-室町時代の武将。延文3=正平(しょうへい)13年生まれ。赤松則祐(のりすけ)の長男。父の死後,応安4=建徳2年赤松惣領職(そうりょうしき),播磨(はりま)(兵庫県),備前(岡山県)の守護職をつぐ。嘉慶(かきょう)2=元中5年侍所の所司となり,四職家のひとつになった。明徳の乱で山名氏追討の幕府軍にくわわって戦功をあげ,美作(みまさか)(岡山県)守護となる。応永34年9月21日死去。70歳。法名は性松。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by