高龍寺(読み)こうりゆうじ

日本歴史地名大系 「高龍寺」の解説

高龍寺
こうりゆうじ

[現在地名]函館市船見町

函館山北斜面から西斜面にかけての山麓にある曹洞宗寺院。市内の三大寺院の一で、国華山と号し、本尊釈迦如来。宝暦一一年(一七六一)の「御巡見使応答申合書」によれば寛永一〇年(一六三三)草創、松前法源ほうげん寺の末寺。国下山と号し、開山は同寺七世雪翁で、宝永三年(一七〇六)亀田かめだから函館に移転したという(福山秘府)。「渡島国地誌提要」では弁天べんてん町にあり、草創・移転の年次は同様で、開山を本寺四世法子芳竜とする。「北海道志」巻一〇によると開基は芳竜、亀田山と号したという。「寺院沿革誌」は寛永三年法源寺四世盤室芳竜が亀田村に一宇を造立し、亀田山高龍寺と称したのに始まるとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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