鳥屋野村(読み)とやのむら

日本歴史地名大系 「鳥屋野村」の解説

鳥屋野村
とやのむら

[現在地名]新潟市鳥屋野・愛宕あたご

網川原あみがわら新田の南、信濃川右岸の堤防沿いに位置する。同堤防は新潟往来でもある。沼垂ぬつたり道は当村より東に向かい女池めいけ新田を通り、沼垂町まで九町。正保国絵図に村名が記され、高一七〇石余とある。寛文四年(一六六四)郷村高辻帳では高一〇〇石。同七年と思われる御領内見分之書付(貴船家文書)によると二八軒・一七〇人。元禄郷帳では一四三石三斗余。寛政一一年(一七九九)の女池六カ村人家高目録(新田彬氏蔵)によれば本家一五軒(一一六人)・名子一六軒(八九人)・間脇一〇軒(四七人)。文政九年(一八二六)の同目録(同氏蔵)では借家四軒が増えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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