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鵜殿士寧 うどのしねい

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百科事典マイペディアの解説

鵜殿士寧【うどのしねい】

江戸中期の儒学者。江戸の人。服部南郭に学び,古文辞を祖述した。著作に《桃花園遺稿》などがある。
→関連項目片山兼山

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鵜殿士寧 うどの-しねい

1710-1774 江戸時代中期の武士,儒者。
宝永7年生まれ。宝暦9年江戸城西丸書院番士。朱子学をまなぶが,のち徂徠(そらい)学の服部南郭に師事。古文辞の大家とよばれた。安永3年10月22日死去。65歳。江戸出身。名は孟一,のち長一。通称は左膳。号は桃花園,本荘。著作に「桃花園文稿」「楼居放言」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鵜殿士寧

没年:安永3.10.22(1774.11.25)
生年:宝永7(1710)
江戸時代中期の漢詩人。江戸の人。名は孟,字は士寧,通称は左膳。本荘,桃花園と号す。本姓村尾氏。弱冠にして長沼流兵学を学び,武芸の修練を積む。また服部南郭門に入り,詩人として名を馳せる。幕臣鵜殿長周の養子となり,長周の娘を妻とする。禄高は650石。詩は,典型的な古文辞風で,擬古主義の類型的な措辞が多い。幕臣とあって,南郭門下において重きをなしたが,それ故の評判の悪さも『先哲叢談後編』などに伝えられている。歌人として有名な余野子は実の妹になる。<著作>『桃花園遺稿』<参考文献>丸山季夫『国学史上の人々』

(高橋昌彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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