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服部南郭 はっとり なんかく

美術人名辞典の解説

服部南郭

江戸中期の儒者。京都生。名は元喬、字は子遷、別号に芙蓉館、通称を小右衛門。詩文に長じ『南郭集』は初編より四編に至り四十巻世に行われた。また絵画に巧みで、父の感化により和歌をも能くした。著書に『大東世語』『灯下書』『儀礼図抄』『十八史略』等。宝暦9年(1759)歿、77才。

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百科事典マイペディアの解説

服部南郭【はっとりなんかく】

江戸中期の儒学者,漢詩人。名は元喬(もとたか),字は子遷(しせん)。京都の人。初め和歌を学び柳沢吉保歌人として抱えられたが,のち荻生徂徠に入門,漢詩文に転じ,経学(けいがく)の太宰春台と並称された。
→関連項目斎静斎鵜殿士寧【けん】園社湯浅常山

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

服部南郭 はっとり-なんかく

1683-1759 江戸時代中期の儒者,漢詩人。
天和(てんな)3年9月24日生まれ。江戸で柳沢吉保に歌人としてつかえ,荻生徂徠(おぎゅう-そらい)にまなぶ。吉保没後,私塾をひらく。経世論の太宰春台(だざい-しゅんだい)に対して詩文の南郭として徂徠門下の双璧といわれた。享保(きょうほう)9年「唐詩選」を校訂出版,唐詩流行のきっかけをつくった。宝暦9年6月21日死去。77歳。京都出身。名は元喬。字(あざな)は子遷。通称は小右衛門。別号に芙蕖(ふきょ)館。著作に「大東世語」「南郭先生文集」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

はっとりなんかく【服部南郭】

1683‐1759(天和3‐宝暦9)
江戸中期の漢詩人。名は元喬,字は子遷。南郭は号。京都の町家に生まれ,幼少のときから和歌をたしなんだ。早く江戸に出て,5代将軍徳川綱吉の寵臣柳沢吉保に歌人として抱えられた。1711年(正徳1)ごろ柳沢家の儒臣荻生徂徠に入門して,漢詩文に転じた。1718年(享保3)柳沢家を退き,以後は終生野にあって詩文をもっぱらとする生涯を送った。それまで儒学の支配下にあった漢詩を文学として解放するのに功績があり,またその生き方は,江戸中期の知識人たちの,現実を離れて芸術・趣味の世界に遊ぼうとする,いわゆる文人意識の典型をなすものであった。

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大辞林 第三版の解説

はっとりなんかく【服部南郭】

1683~1759) 江戸中期の儒者・詩人。京都の人。初め和歌と画で柳沢吉保に仕え、のち荻生徂徠に入門し擬古主義的漢詩文をよくした。著「南郭文集」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

服部南郭
はっとりなんかく

[生]天和3(1683).9.24. 京都
[没]宝暦9(1759).6.21. 江戸
江戸時代中期の儒学者,詩人。名は元喬,字は子遷,通称は小右衛門。南郭または芙きょ館と号した。 14歳で江戸へ下り,歌と画をもって柳沢吉保に仕えた。のち職を辞し,塾を開いて教授。荻生徂徠門下で,経学の太宰春台とともに,詩文派の代表として双璧をなし,温厚な人柄と,詩人的天分の豊かさによって,門人は遠く山陽,九州からも集った。著書に『南郭文集』 (1727) ,『唐詩選国字解』 (50) ,『大東世語』 (50) などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

服部南郭
はっとりなんかく
(1683―1759)

江戸中期の漢詩人。名は元喬(もとたか)。字(あざな)は子遷。南郭はその号。京都の商家に生まれ、少年時代に江戸へ下った。初め和歌を学び、18歳のころ柳沢吉保(よしやす)に歌人として召し抱えられたが、すでに吉保に仕えていた儒学者荻生徂徠(おぎゅうそらい)を知り、入門するに及んで漢学に転向した。1718年(享保3)柳沢家を去って終生自由な境涯で詩作にふけり、享保(きょうほう)~宝暦(ほうれき)期(1716~64)漢詩壇の指導的立場にあった。徂徠と異なり政治的関心を抱かず、文学、芸術を通じて自我や個性を伸ばす生き方を追求し、祇園南海(ぎおんなんかい)、柳沢淇園(きえん)らとともに文人意識の確立者とされる。『唐詩選』を初めて校訂出版したことでも名高い。詩文は『南郭先生文集』に収められる。[日野龍夫]
『頼惟勤校注『日本思想大系37 徂徠学派』(1972・岩波書店)』

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367日誕生日大事典の解説

服部南郭 (はっとりなんかく)

生年月日:1683年9月24日
江戸時代中期の古文辞学派の儒者;文人
1759年没

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世界大百科事典内の服部南郭の言及

【荻生徂徠】より

…1709年(宝永6)吉保の隠居に伴い茅場町に町宅,家塾蘐園(けんえん)を開く。この前後に山県周南,安藤東野,服部南郭,太宰春台らが入門。ほかに僧侶や大名も門人に加わる。…

※「服部南郭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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