鵜殿岩屋(読み)うどのいわや

日本歴史地名大系 「鵜殿岩屋」の解説

鵜殿岩屋
うどのいわや

[現在地名]相知町大字相知字和田

和田わだの丘陵地にあり、第三紀層の砂岩に、海水の浸食により大小の洞穴がつくられた。洞の窟・鵜戸の岩屋・鵜殿窟・宇土岩屋などとも書く。県指定史跡。

中世、岸岳きしだけ城主波多氏の崇敬するところとなり、ここに三尊が祀られ、洞窟内に平等びようどう院が建立されたが、天文年間(一五三二―五五)竜造寺氏との戦いにより焼失した。多聞天・持国天・十一面観音・大日如来・不動明王・成らずの不動・韋駄天童子などの磨崖仏と多くの石仏が残存する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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