日本歴史地名大系 「鵜殿関」の解説
鵜殿関
うどののせき
南北朝期から室町中期に設けられた淀川右岸の河関。貞治四年(一三六五)六月の重阿自栄月宛注文案(「鵜殿関問答引付」内閣文庫蔵)に「今広瀬」とみえ、「大乗院寺社雑事記」文明一五年(一四八三)九月一二日条に「鵜殿関」として「并陸地ハ号広瀬、号水霊也」とあるので
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
南北朝期から室町中期に設けられた淀川右岸の河関。貞治四年(一三六五)六月の重阿自栄月宛注文案(「鵜殿関問答引付」内閣文庫蔵)に「今広瀬」とみえ、「大乗院寺社雑事記」文明一五年(一四八三)九月一二日条に「鵜殿関」として「并陸地ハ号広瀬、号水霊也」とあるので
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...