麻田藩陣屋跡(読み)あさだはんじんやあと

日本歴史地名大系 「麻田藩陣屋跡」の解説

麻田藩陣屋跡
あさだはんじんやあと

[現在地名]豊中市蛍池中町三丁目

豊島てしま郡内に居所地をもつ唯一の大名(外様)青木氏の陣屋。現在蛍池ほたるがいけ公民館前に「麻田陣屋址」の石碑がある。初代藩主の青木一重のために祝正治が土地を献上したという(青木家文書)一重は元和元年(一六一五)一万一九石の知行をうけ、一重のあと重兼・重成・重矩・一典・一都・見典・一新・一貫・一貞・重竜・一興・一咸・重義と一四代、二五五年にわたり在封した。「寛文朱印留」によると支配地は、豊島郡一六ヵ村(麻田村・箕輪村・玉坂村・石橋村・産所村・宮ノ前村・轟木村・今在家村・東市場村・中ノ島村・野村・井口堂村・東畑村・西畑村・上渋谷村・下渋谷村)、高三千七〇三石余、摂津国川辺かわべ郡一三ヵ村(北村・大鹿村・酒井村・十倉村・下村・布木村・田中村・河原村・片古村・波豆村・木器村・槻瀬村・波豆川村)、高三千六七一石余、備中国後月郡四ヵ村(種村・佐屋村・井山村・稗原村)、高一千二八石余、同小田郡二ヵ村(川面村・関戸村)、高八七六石余、同浅口郡二ヵ村(新庄村・浜中村)、高七三八石余、計一万一九石余である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む