麻蘇田神社(読み)まそだじんじや

日本歴史地名大系 「麻蘇田神社」の解説

麻蘇田神社
まそだじんじや

[現在地名]びわ町益田

益田ますだ集落の北端宮地みやじ鎮座。旧村社で祭神白髪しらか王・大山咋おおやまくい命。古くから白髪明神とも称された。「延喜式」神名帳記載の浅井あざい郡「麻蘇多マソタノ神社」に比定される。社伝によれば、かつては常勤の神職がいたという。境内は益田の杜とよばれ、左京大夫藤原顕輔が「顕輔集」で「すべらぎをまもりますだのもりなれやあからがしはのあからめもせず」と詠じている。正中二年(一三二五)一一月二五日、梶井門跡承鎮法親王(後宇多天皇猶子)が新たに同門跡になった尊雲法親王(後醍醐天皇の子護良)に譲った所領のうちに持明院領「元福寺付益田社四至」があったことが知られる(「承鎮法親王付属状」三千院文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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