黒ヶ畑遺跡(読み)くろがはたいせき

日本歴史地名大系 「黒ヶ畑遺跡」の解説

黒ヶ畑遺跡
くろがはたいせき

[現在地名]八幡西区大畑町

弥生時代中期中頃から後期初頭の高地性集落で、帆柱ほばしら山から派生した独立的な山の頂上部(標高一三二メートル)を中心とし、盛期は中期後半である。洞海どうかい湾に面する斜面は急峻で、眺望は全面にひらけ、遠く東西や北側の山丘・平地部を見渡せる。発見は昭和三〇年代にさかのぼるが、昭和四二年(一九六七)の山頂部と同五六年の斜面部の宅地造成で遺跡はほぼ壊滅し、今は見る影もない。同五六年の発掘で出土した貯蔵穴や柱穴の遺構、多くの土器片、石器片(石斧・石包丁・石鏃・砥石など)、食料残滓(炭化米、シカやイノシシなどの獣骨、ハイガイやサルボウなどの貝類)、鉄斧からみて、墓地や祭祀遺跡ではなく生活遺跡である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む