黒田忠之(読み)くろだ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒田忠之 くろだ-ただゆき

1602-1654 江戸時代前期の大名。
慶長7年11月9日生まれ。黒田長政(ながまさ)の長男。元和(げんな)9年筑前(ちくぜん)福岡藩主黒田家2代となる。譜代重臣と対立し,寛永9年家老栗山大膳に謀反容疑で幕府にうったえられる。不行跡により一時領地没収となるが,父祖の功により藩は存続した(黒田騒動)。承応(じょうおう)3年2月12日死去。53歳。幼名は万徳。

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367日誕生日大事典の解説

黒田忠之 (くろだただゆき)

生年月日:1602年11月9日
江戸時代前期の大名
1654年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の黒田忠之の言及

【黒田騒動】より

…近世初期の福岡藩黒田氏の御家騒動。1623年(元和9)藩主となった忠之は孝高(よしたか)(如水),長政の代からの譜代の功臣を退けて倉八十太夫らの側近を重用,そのうえ,軍船鳳凰丸の建造,足軽隊の増強など幕令をはばからぬ行為が多かった。家老栗山大膳(譜代功臣利安の嫡子)はしばしば忠之をいさめたが,忠之はかえって大膳を亡きものにせんとしたので,32年(寛永9)大膳は豊後府内藩主竹中采女正とともに江戸にのぼり,忠之に謀反の心あるの旨を幕府に訴え出た。…

※「黒田忠之」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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