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黒田忠之 くろだ

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美術人名辞典の解説

黒田忠之

江戸前期の武将。筑前福岡藩主。如水の孫、長政の長男、母は徳川家康の養女大凉院。名は忠長・忠政、幼名は万徳。大坂冬・夏の陣に参戦した。島原の乱の軍功で、長崎守衛の命を受ける。連歌を好み、奉納千句等を興行した。承応3年(1654)歿、53才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒田忠之 くろだ-ただゆき

1602-1654 江戸時代前期の大名。
慶長7年11月9日生まれ。黒田長政(ながまさ)の長男。元和(げんな)9年筑前(ちくぜん)福岡藩主黒田家2代となる。譜代の重臣と対立し,寛永9年家老栗山大膳に謀反容疑で幕府にうったえられる。不行跡により一時領地没収となるが,父祖の功により藩は存続した(黒田騒動)。承応(じょうおう)3年2月12日死去。53歳。幼名は万徳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の黒田忠之の言及

【黒田騒動】より

…近世初期の福岡藩黒田氏の御家騒動。1623年(元和9)藩主となった忠之は孝高(よしたか)(如水),長政の代からの譜代の功臣を退けて倉八十太夫らの側近を重用,そのうえ,軍船鳳凰丸の建造,足軽隊の増強など幕令をはばからぬ行為が多かった。家老栗山大膳(譜代功臣利安の嫡子)はしばしば忠之をいさめたが,忠之はかえって大膳を亡きものにせんとしたので,32年(寛永9)大膳は豊後府内藩主竹中采女正とともに江戸にのぼり,忠之に謀反の心あるの旨を幕府に訴え出た。…

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