斎藤 常三郎(読み)サイトウ ツネサブロウ

20世紀日本人名事典 「斎藤 常三郎」の解説

斎藤 常三郎
サイトウ ツネサブロウ

明治〜昭和期の法学者



生年
明治11(1878)年11月20日

没年
昭和26(1951)年7月22日

出生地
福島県

学歴〔年〕
京都帝大独法科〔明治37年〕卒

学位〔年〕
法学博士〔大正14年〕

経歴
大阪地方裁判所判事、同控訴院判事を経て大正8年辞任、神戸高等商業学校教授となった。再度の欧米遊学後、同校大学昇格で同大教授、さらに京大教授に転じ、昭和13年定年退官、神戸商大名誉教授、弁護士となった。他に会津短大学長。25年学士院会員。破産法和議法学の権威で、著書に「破産法及び和議法研究」「日本和議法論」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤 常三郎」の解説

斎藤常三郎 さいとう-つねさぶろう

1878-1951 明治-昭和時代の法学者。
明治11年11月20日生まれ。判事をへて,大正8年神戸高商教授,のち神戸商業大教授。昭和8年京都帝大教授をかねた。退官後は弁護士となり,25年会津短大学長。破産法と和議法の研究に業績をのこした。昭和26年7月22日死去。72歳。福島県出身。京都帝大卒。著作に「破産法及び和議法研究」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例