長沢新田(読み)ながさわしんでん

日本歴史地名大系 「長沢新田」の解説

長沢新田
ながさわしんでん

[現在地名]富士市中里なかざと

中里村と錯綜していた村。同村の枝郷(修訂駿河国新風土記)。「駿河志料」によると、かつては一村であったが、宝永年中(一七〇四―一一)に旗本戸田領となった際に家数・人数とも中里村に包摂されたという。寛永一四年(一六三七)年貢割付状(須津文書)では田方五六石余・畑方一〇石余。寛永改高附帳に村名はみえず、中里村に含まれていたとみられる。


長沢新田
ながさわしんでん

[現在地名]吉川町長沢

南は大滝おおたき新田・かじ村に接し、東に神田町かんだまち新田、清生せいじよう池がある。天和三年郷帳によれば高三一五石八斗余。元禄郷帳には梶村枝郷と記される。文政七年(一八二四)の五人組帳(明治大学刑事博物館蔵)によると、家数一七(本棟七・名子棟一〇)、男六〇・女五六、女馬四とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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