T.v.ベートマン・ホルウェーク(その他表記)Theobald von Bethmann Hollweg

20世紀西洋人名事典 の解説

T.v. ベートマン・ホルウェーク
Theobald von Bethmann Hollweg


1856 - 1921
ドイツの政治家。
元・ドイツ帝国首相。
1905年プロイセン内相を経て、’07年第2帝国内相や首相代理を歴任し、’09年第5代帝国首相となる。有能な行政家であったが、政治指導力に欠け、イギリスとの和解やプロイセン選挙法改革に失敗する。’14年オーストリア側に強硬姿勢を説き、第一次世界大戦の一因を作り、大戦中「対角線政策」をとるが、軍部議会攻撃を受け、’17年失脚する。彼の作成した9月綱領(戦争目的・構想)はドイツの侵略的意図を示すものとして、’60年代の大戦原因論をめぐる国際的な歴史学界の論争史料の一つとなる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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