医療現場で使われる複数の抗生物質が効かない細菌のこと。2010年(平成22)、帝京大学病院で多剤耐性アシネトバクター菌の院内感染が公表され、注目を集めた。同病院では、2009年夏から2010年秋までに60人感染、うち35人が死亡した。死亡の大部分はもともとの病気によるとみられ、菌による死亡が否定できないのは9人という。また、藤田保健衛生大学病院でも2010年2月から7月まで24人が感染、6人が死亡した。死亡した6人のうち1人だけは菌との関連が否定できないという。さらに2010年秋には日本医科大学病院でも14人に感染した。院内感染は昔からあるが、一番設備が整っているはずの大学病院で、これほどの大規模・長期間感染は珍しい。アシネトバクター菌は土や水のなかにいる弱毒菌であるが、抵抗力の弱った患者では問題になることもある。これらの事件を機に厚生労働省は報告義務のある多剤耐性菌に2011年からアシネトバクター菌を加えることを決めた。
感染症予防・医療法(感染症法、平成10年法律第114号)に基づき、全国470の指定医療機関は、多剤耐性菌に感染した患者が出た場合、国に報告することになっている。5類感染症として全数把握の対象となっているのは、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA、VISA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、定点把握の対象となっているのは、ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、薬剤耐性緑膿(りょくのう)菌による感染症であり、2011年からは多剤耐性アシネトバクター菌感染症が加わり、全数・定点あわせて6種類になった。
黄色ブドウ球菌は鼻や皮膚、腸球菌は腸内、肺炎球菌は口内に常在する菌、緑膿菌は土などの環境にいて、いずれも毒性は弱い。本来は抗生物質が有効であったが、突然変異して薬が効かない菌が出現した。こうした耐性は結核菌、セラチア菌をはじめとして、ほとんどの菌に広がっている。新しい抗生物質と耐性菌とのいたちごっこの様相である。さらに近年、注目されているのが新しいタイプのNDM1(ニューデリー・メタロベータラクタマーゼ)産生多剤耐性菌である。ほとんどの抗生物質を分解できるNDM1酵素をもつ菌で、欧米やアジアで大腸菌、肺炎桿菌(かんきん)など、やや強毒の菌の間に広がっている、といわれる。日本でも2例確認されただけであるが、要注意である。
感染があった場合、従来、日本ではきちんと菌を調べず、場当たり的に広い範囲の菌に効く抗生物質を使うことが多かった。このため、多くの病院では患者が多剤耐性菌をもっている可能性が高い。手洗いの不十分な医師、看護師、患者の手、医療器具などを通じて菌は別の患者に移る。病棟の衛生状態も悪く、患者数の多い病院だと菌はあちこちで生き延び、集団発生する危険性がつねにある。病院全体の問題であるため、感染防止の専門部署やチームが必要であるが、全国の多くの病院は体制不十分である。感染を繰り返さないためには、国のきちんとした方針が必要である。多くの多剤耐性菌は人間の免疫力で発病を抑えることができる。発病の始まりである発熱をチェックし、薬ばかりでなく、栄養や食事の管理なども重要である。
[田辺 功]
2012年(平成24)11月に、東南アジアを旅行中に脳梗塞(こうそく)となり、治療を受けて帰国して国内の医療機関に入院した患者の痰(たん)や便から、多くの抗菌薬が効かない新型の多剤耐性菌が検出された。分析したところ、抗菌薬分解酵素をつくるタイプのOXA48型(カルバペネマーゼ産生菌)と判明。抵抗力が弱った状態でOXA48型の菌に感染すると、重症の合併症を伴うことや死に至ることも多いといわれている。この菌は最初トルコで発見され、その後ヨーロッパ各地で院内感染を引き起こし、死亡例も報告された。
[編集部]
『アメリカ合衆国国立疾病対策センター編、満田年宏訳著医療環境における多剤耐性菌管理のためのCDCガイドライン(2007・ヴァンメディカル)』
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