日中戦争において、日本軍が華北の解放区を根絶しようとして行った作戦。三光とは殺光(殺し尽くす)、焼光(焼き尽くす)、搶光(そうこう)(奪い尽くす)の意味。1940年(昭和15)8月から12月にかけて全華北で展開された八路軍(はちろぐん)の大攻勢(百団大戦)によって大きな打撃を受けた日本軍は、中国共産党とその根拠地への攻撃を強化した。しかし民衆と深く結び付いた八路軍を捕捉(ほそく)することはきわめて困難であったので、いっさいの抗日勢力を根絶し、民衆と八路軍との結び付きを絶とうとして採用されたのが三光作戦である。これは華北民衆に莫大(ばくだい)な損害を与え、一時根拠地も縮小したが、八路軍はさらに民衆との結合を深め、これを打ち砕いていった。
[石島紀之]
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