五島玄雅(読み)ごとう はるまさ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「五島玄雅」の解説

五島玄雅 ごとう-はるまさ

1548-1612 織豊-江戸時代前期の大名
天文(てんぶん)17年生まれ。宇久(うく)純定の3男。はじめ大浜を称したが,甥(おい)の五島純玄(すみはる)が朝鮮出兵中病死したため,文禄(ぶんろく)3年肥前福江藩(長崎県)藩主五島家2代となる。兄純尭(すみたか)の洗礼名ルイスをつぎ,キリスト教布教をゆるした。関ケ原の戦いで東軍についてから棄教し,信者弾圧。慶長17年3月8日死去。65歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む