浜行川村(読み)はまなめがわむら

日本歴史地名大系 「浜行川村」の解説

浜行川村
はまなめがわむら

[現在地名]勝浦市浜行川

興津(おきつ)村の南西に位置し、汀沿いを伊南房州通(いなんぼうしゆうどおり)往還が通る。浜行川岬があり、岬の北側の入江は浜行川湊となっており、また南は海食崖が発達している。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に行川村とみえ、高三一六石となっている。正保国絵図でも行川とあり、高三一二石。寛文(一六六一―七三)頃まで浜行川と内陸部の岡行川(おかなめがわ)に分れていたが、漁業が主体となるにつれ浜行川が総称になったという。元禄郷帳には浜行川村とあり、高三一六石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高三五九石余、家数一〇七、三卿の清水領。享和元年(一八〇一)当時は幕府領が高二九一石余で家数一〇一、旗本板橋領が高六八石余で家数一八(伊能忠敬測量日記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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