清児村(読み)せちごむら

日本歴史地名大系 「清児村」の解説

清児村
せちごむら

[現在地名]貝塚市清児

近木(こぎ)川右岸のいわゆる木島(きのしま)谷五ヵ村のなかではもっとも下流部に位置する南郡の村。水間(みずま)街道が集落内を通過して北西の中(なか)村に至る。セイチゴともいう。村南東にあった高井(たかい)天神社社地には紀伊根来衆の砦であった高井城があったといわれる。天正一三年(一五八五)三月、豊臣秀吉軍の紀州根来・雑賀攻撃にあたって、根来衆および木島郷の住民らがこの砦に拠って防戦したが、福島正則軍の攻撃をうけ、主たる根来衆が戦死し落城(根来戦記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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